使った覚えのない分まで減っていく、あの感覚の正体
AIツールを業務に入れた会社から、私が最もよく聞く戸惑いがあります。「そんなに使っていないはずなのに、利用量の上限にぶつかるのが早すぎる」というものです。
数行の質問をしただけ。ファイルを1つ読ませただけ。それなのに使用量のメーターがぐっと動く。感覚と請求が合わない。この違和感を、多くの人は「AIは高いものだから仕方ない」と飲み込んでしまいます。ですが、その飲み込みは経営判断としては早すぎます。合わない理由がはっきりしていて、しかも一部は自分たちで減らせるからです。
海外のある開発チームが、まさにこの違和感を出発点に小さな実験をしました。彼らは普段OpenCodeという別のAI開発ツールを使っていたのですが、事情があってしばらくClaude Codeを使うことになった。すると、使用量メーターの減り方が明らかに速い。気のせいかもしれない。ならば実際に測ろう、と考えたわけです。
彼らがやったのは単純なことです。AIツールとAIの本体(Anthropicのサーバー)のあいだに、通信の中身を記録する仕掛けを入れた。そして、ツールが実際にどれだけの分量をAIに送っているのかを、1回ごとに全部記録した。人間が郵便を出すときに、封筒の中に何が入っているかを毎回開けて確認したようなものです。
ここが大事な点です。普段、私たちが画面で見ているのは自分が打った質問と、返ってきた答えだけです。その裏でツールが何を送っているかは、利用者からは一切見えません。見えないものは検証できず、検証できないものは改善もできない。この実験の価値は、数字そのものよりも「見えなかったものを見えるようにした」ところにあります。
結果は、この記事のタイトルのとおりでした。
計測結果:質問を1文字も打つ前に、33,000トークン
まず言葉の説明をします。トークンとは、AIが文章を処理するときの単位です。おおざっぱに言うと、日本語ではおおよそ1文字が1トークン強に相当します。33,000トークンは、日本語にすればざっと2万字前後。文庫本にして30ページくらいの分量だと思ってください。
そして計測されたのは、こういう事実です。利用者が「この請求書のデータをまとめて」と打ち込む、その質問文がAIに届く前の段階で、すでに33,000トークン分の前置きが送られていた。比較したOpenCodeでは、同じ前置きが約7,000トークンだった。5倍近い差です。
つまり、こちらが何を頼むかとは無関係に、頼む前の時点で分厚い書類の束が毎回AIに手渡されている、ということです。
なぜそんなものが必要なのか。ここは誤解してほしくないところなので、少し丁寧に書きます。前置きの中身は、大きく分けて2つあります。1つはシステム指示。「あなたはコーディング支援ツールです。ユーザーのファイルを勝手に消してはいけません。日本語で聞かれたら日本語で答えなさい」といった、AIの振る舞いを決めるルール文です。もう1つはツール定義。「ファイルを読む機能があります。使い方はこうです」「ウェブを検索する機能があります。引数はこうです」という、AIが呼び出せる道具の説明書です。
道具が多いほど、説明書は厚くなります。Claude Codeはできることが多いツールなので、説明書も厚い。この構造自体は不合理ではありません。むしろ、道具の説明書が薄ければAIは正しく道具を使えず、間違った呼び出しを繰り返して結局やり直しの費用がかさむ、ということも起こりえます。問題は、その厚さが料金にどう跳ね返るかを、使う側がまったく認識できていないことです。厚みには理由がある。ですが、理由があることと、自分の業務にとって必要であることは別の話です。
本当に効いてくるのは、前置きよりキャッシュのほうだった
この実験の報告で、私がより重要だと感じたのは前置きの厚さそのものではありません。キャッシュの効き方でした。
キャッシュというのは、同じ内容を繰り返し送るときに「これは前と同じですよね」とAI側に覚えておいてもらう仕組みです。覚えておいてもらえた部分は、料金がぐっと安くなります。目安として、キャッシュが効いた部分の料金は、まっさらに送り直した場合の10分の1程度です。逆に言えば、キャッシュが効かなければ10倍払うことになります。
33,000トークンの前置きも、それがきちんとキャッシュに乗っていれば、実質的な負担は小さく抑えられます。毎回2万字の書類を渡していても、受け取る側が「これは棚に置いてあるあの束と同じですね」と即座に判断できるなら、コストは大きく変わる。
キャッシュが効く条件は、意外とシビアです。前置きの内容が1文字でも変わると、その変わった箇所から先はすべて新品扱いになります。書類の束の1ページ目に今日の日付や現在時刻が印字されていたら、それだけで束全体が「昨日とは違う書類」になってしまう。実際の設計では、この「変わりやすいものを前に置かない」という配慮が効いてくるわけです。
ところが計測では、Claude Codeのほうがキャッシュの当て方が非効率で、前置きが毎回まるごと課金対象になっている場面が多かった、と報告されています。前置きが5倍厚いことと、その厚い前置きにキャッシュが効いていないことが重なると、差は5倍では済まなくなります。
厚さそのものより、厚いものを毎回新品として送り直している設計のほうが、財布には効きます。
ここで正直に書いておきます。これは1つのチームによる小規模な計測で、報告の中にも「ただし、ひとつ注意点がある」という但し書きが添えられています。バージョンによっても、設定によっても、数字は変わるはずです。だから私は、この記事を「OpenCodeに乗り換えるべきだ」という話として書くつもりはありません。ツールの優劣より、そこから見える構造のほうが、非エンジニアには何倍も役に立つからです。
この話は、非エンジニアにとって何の話なのか
言い換えます。これは、AIツールの原価構造の話です。
紙のコピー機を想像してください。1枚コピーするたびに、あなたの原稿1枚に加えて、使い方マニュアル30ページが必ず一緒に印刷されるとする。しかもそのマニュアルは毎回、新しい紙に印刷される。あなたが使ったのは1枚のつもりでも、カウンターは31枚回っている。使用量が合わないのは、当たり前です。
多くの会社が、AIの費用を「AIに何を頼んだか」の量で見積もっています。ですが実際の請求は、「AIに何を頼んだか」+「そのツールが勝手に毎回添付しているもの」+「それが再利用されたか否か」で決まります。3つ目の変数を誰も見ていない。
AIの費用は、あなたが打った文字数ではなく、ツールが送った文字数で決まります。
この構造を理解しているかどうかで、AI導入の意思決定はまるで変わります。理解していない会社は、費用が想定を超えたときに「AIは高い」「うちには合わない」と結論して撤退します。理解している会社は、「どの作業をどのツールでやるか」を設計しなおして、同じ予算で3倍働かせます。差がつくのは、AIの賢さではなく、この設計のほうです。
そして厄介なのは、この差が現場では「担当者のスキル差」に見えてしまうことです。同じツール、同じ予算で、Aさんは月末まで持つのにBさんは10日で上限に達する。上司は「Bは使い方が下手だ」と思う。ですが実際に違うのは、頼み方の設計だけです。設計は教えられます。センスの問題ではありません。
業種別に見る、この差が効いてくる場面
抽象論では動けないので、3つの現場に置き換えます。
会計事務所(職員8名、月次の記帳代行が主業務)
顧問先30社の請求書PDFから、日付・取引先・金額を抜き出して会計ソフト用のCSVにする作業を、AIに任せているとします。1社あたり請求書は20枚。担当職員は1枚ごとに「この請求書を読んで」と指示を出しています。
このやり方だと、20回の指示それぞれに、あの2万字の前置きが乗ります。30社分で600回。前置きだけで累計2,000万トークン近くが動く計算です。実際に処理させたい請求書の中身は、そのごく一部でしかありません。正しいやり方は、20枚をまとめて1回の指示で処理させ、会話を長く引きずらないこと。具体的には、1社分のPDFを1つのフォルダにまとめ、「このフォルダ内の全ファイルから日付・取引先・金額を抜き出し、1つのCSVにして」と一度だけ頼む。終わったら会話を閉じ、次の会社は新しい会話で始める。同じ成果物を、費用を大幅に下げて出せます。
この設計を知らないまま「AIで記帳代行は割に合わない」と結論した事務所を、私は何件か見ています。割に合わないのはAIではなく、頼み方でした。月次で回る業務ほど、1回あたりの無駄が12倍になって年間に効いてきます。
ECショップ(従業員12名、自社サイトと2モールを運営)
新商品の説明文を、サイト用・楽天用・Amazon用と3パターン書き分けたい。担当者はAIに商品名を投げ、出てきた文章を「もっと短く」「そこは違う」と何十往復も直させています。
会話は往復するほど太ります。1往復ごとに、それまでの会話の全履歴が前置きと一緒に再送されるからです。50往復目には、最初の一言も、途中の言い直しも、全部が毎回送られている。ここで効くのは、往復を減らす設計です。良い説明文の型を1つ確定させ、それをテンプレートとして毎回新しい会話で流し込む。
型とは、たとえばこういうものです。「見出しは25文字以内、冒頭2行で用途と対象者を書く、素材と寸法を箇条書きで3点、最後に使用シーンを1文。語調は丁寧だが硬すぎない」。これを商品名とセットで最初から渡す。往復20回を2回に減らせれば、費用は往復回数以上の比率で下がります。会話を育てるより、型を育てるほうが安い。ECの現場では、この差がそのまま利益率に出ます。
製造業の総務(従業員60名、担当者1名で労務と庶務を兼務)
就業規則の改定に合わせて、社内向けの説明文書と、部門長向けのQ&A、社員向けの周知メールを作りたい。担当者はAIに就業規則の全文(3万字)を読み込ませ、そのまま同じ会話で3つの文書を作らせています。
一見効率的ですが、これは費用面では最悪に近い。3万字の規則本文が、以降のやりとりすべてで再送され続けるからです。しかもツールによっては、それがキャッシュに乗らず毎回まるごと課金される。ここでの正解は、まず規則を要約させて2,000字の要点メモを作り、いったん会話を切る。そのメモだけを持って新しい会話を始め、3つの文書をそれぞれ作らせる。読み込ませた重い原本を引きずらないこと。
要点メモは一度作れば資産になります。次の改定時も、周知の再送時も、同じメモから始められる。1人担当の総務ほど、この一手間が効きます。
今日からできる、無駄を減らす実践手順
技術的な設定をいじらなくても、非エンジニアが今日から打てる手は4つあります。
第1に、使わない機能をオフにする。前置きが厚くなる最大の要因は、ツール定義、つまり機能の説明書です。ウェブ検索も、外部サービス連携も、使わないなら説明書ごと外していい。Claude Codeなら、接続している外部ツール(MCPサーバーと呼ばれる拡張機能)を棚卸しして、業務で使っていないものを切るだけで前置きは目に見えて軽くなります。導入時に「とりあえず全部つないでおきました」という状態のまま数か月経っている会社が、非常に多い。ここは情シスや外部の詳しい人に「使っていない拡張を外してほしい」と一言頼めば済みます。
第2に、重い資料を読ませたら、要約を作って会話を切り替える。長い会話は、資料を抱えたまま太り続けます。目安として、1つの会話は1つの成果物まで。文書を作り終えたら閉じる。要点だけを持って新しい会話を始めるのは、逃げではなく正しい運用です。
第3に、往復で直させるのではなく、型で頼む。「こういう構成で、この長さで、この語調で」と最初に条件を出し切る。うまくいった指示文はテキストファイルに保存し、チームで共有する。往復を減らすことが、そのまま費用を減らします。
第4に、週に1度、使用量の内訳を見る。どの作業でどれだけ使ったかを、担当者に記録させる。日付・作業内容・おおよその使用量の3列で十分です。2週間続ければ、どの業務が費用を食っているかが必ず浮かび上がります。費用の話は、見えるようにした瞬間から半分解決します。
注意点と、よくある誤解
3つだけ、釘を刺しておきます。
1つ目。「じゃあ前置きが薄いツールに乗り換えればいい」というのは、早計です。前置きが厚いのは、できることが多いからです。ツール定義が薄いということは、AIが呼び出せる道具が少ないということでもある。安く済んでも仕事が終わらなければ、それは節約ではありません。ツールを乗り換える移行コスト、教え直すコスト、慣れるまでの生産性低下も勘定に入れてください。判断すべきは、支払っている厚みに見合う仕事をさせられているか、です。
2つ目。この計測結果は固定的なものではありません。ツールは日々更新され、キャッシュの効かせ方も改善されます。今日測った数字が半年後も同じである保証はどこにもない。だから「Claude Codeは無駄が多い」と暗記するのではなく、「AIツールには自分では見えない前置きがあり、それは変わりうる」という構造のほうを覚えておいてください。構造は陳腐化しませんが、数字は陳腐化します。
3つ目。これが最も多い誤解です。トークンの節約は、経費削減の話ではなく、同じ予算でどれだけ働かせられるかの話です。 月2万円のAI予算で回せる業務量が3倍になるなら、それは削減ではなく増強です。節約という言葉で語ると、社内では「ケチくさい話」として扱われて誰も動きません。「同じ金額で3倍動かす方法がある」と言えば、経営者は動きます。同じ内容でも、フレームが違えば結果が変わります。
まとめ:見えないものを、見えるようにする
海外の小さな計測が示したのは、AIツールが利用者の質問を読む前に、質問の何十倍もの分量をすでに送っているという事実でした。Claude Codeは約33,000トークン、OpenCodeは約7,000トークン。そして、厚さ以上に効いていたのはキャッシュの当たり方でした。
ここから非エンジニアが持ち帰るべきことは、シンプルです。AIの費用は、あなたの操作だけでは決まらない。ツールの作りと、頼み方の設計で決まる。そして頼み方の設計は、専門知識がなくても変えられる。使わない機能を切る、会話を長引かせない、往復せず型で頼む。この3つだけで、多くの現場は費用の感覚と実態を一致させられます。
来週やることは1つで足りります。自社で一番AIを使っている業務を1つ選び、その頼み方を紙に書き出してみてください。何回往復しているか。重い資料を抱えたまま話し続けていないか。それだけで、削れる場所は見えてきます。
AI導入がうまくいかない会社の多くは、AIが賢くなかったのではなく、見えないコストに気づかないまま予算を使い切っただけです。見えるようにすれば、打ち手は必ず出てきます。
自社の業務でAIをどう使えば、同じ予算で3倍働かせられるのか。Claude Worksでは、実際の業務内容をうかがったうえで、頼み方の設計と運用ルールを一緒に組み立てる無料30分相談を行っています。導入前でも、すでに使っていて費用が合わないと感じている段階でも構いません。まずは現状をお聞かせください。




