散らかったダウンロードフォルダから、販売アプリが生まれた

Macのダウンロードフォルダを開くたびに、見て見ぬふりをしている方は多いはずです。請求書のPDF、展示会の資料、いつ保存したか覚えていない画像。半年も放置すればファイル数は数百件に達し、目当ての1枚を探すだけで数分を失うようになります。標準付属のFinder(Macに最初から入っているファイル管理ソフト)で片付けようとすると、1つずつ選んで、開いて確認して、フォルダに移して、の繰り返しになります。30分かけても終わらず、結局そのまま閉じてしまう。心当たりのある方は少なくないでしょう。

先日、海外の掲示板Hacker News(新しい技術やサービスの発表が集まる英語圏のコミュニティ)に、この悩みをきっかけに生まれたアプリが投稿されました。Whimfilesという名前のMac用ファイル管理アプリです。作者は、放置していたダウンロードフォルダをFinderで掃除するのが面倒すぎて、ファイルを絞り込んで削除・移動できる簡単なアプリを自作しました。使ってみたら本当に片付いたので、欲しい機能を足していき、最終的には19.99ドル(約3,000円)の買い切り製品として販売するところまで育てたそうです。

注目すべきは、この作者が開発にClaude Codeを使ったと明言している点です。個人の身の回りの不満が、AIの手を借りることで、お金を払う価値のある製品にまで育った実例が、また1つ増えました。この記事では、この出来事が非エンジニアの私たちの仕事にとって何を意味するのかを考えます。

Whimfilesはどんなアプリか

まず事実関係を整理します。Whimfilesは、Apple Silicon搭載のMac(macOS 12以降)で動くファイル管理アプリです。主な機能は次のとおりです。

  • あいまい検索でフォルダやファイルに一瞬で移動する。フルパス(ファイルの住所のような文字列)を全部打たなくても、数文字入力すれば候補が出て飛べます
  • ファイルにマウスを重ねるだけで、画像やPDFの中身を開かずに確認できる
  • 画面を左右2つに分けて、フォルダ間のファイル移動をドラッグで済ませられる
  • 複数ファイルの一括リネーム。正規表現(文字のパターンを指定する記法)にも対応し、よく使う変換はプリセットとして呼び出せます
  • HEICやWebPといったスマホ・Web特有の画像形式を、JPGやPNGに変換できる
  • zipファイルの作成、ブックマーク、キーボードだけでの操作

どの機能も、事務作業の現場でそのまま思い当たるものばかりです。たとえば取引先から届いた50枚の写真を確認して選別する場面なら、マウスを重ねるだけのプレビューと一括リネームだけで、作業時間は半分以下になります。

アプリの容量はわずか9MBです。比較のために書くと、Electron(Webページの技術でデスクトップアプリを作る仕組みで、多くのアプリが採用している一方、容量が数百MBになりがち)で作られたアプリの数十分の一です。作者はあえてMacの標準技術で軽く速く作ることにこだわりました。

料金は30日間の無料試用のあと、19.99ドルの一回払いです。月額課金ではありません。通信も最小限で、アプリが外部に送るのはバージョン確認のための現在のバージョン番号だけ。買い切り・軽量・プライバシー重視という、大手のソフトが手薄にしがちな価値を、個人開発者が正面から提供しています。

作り方の変化: Claude Codeが開発の壁を下げた

この事例で私が最も重要だと考えるのは、機能の一覧ではなく作られ方です。作者はClaude Code(チャットで指示すると、プログラムの作成からファイル操作までこなすAIエージェント)を使ってこのアプリを開発しました。

従来、Macのネイティブアプリ(そのパソコン専用に作られた、軽く速く動くアプリ)を1人で作って販売するには、Mac特有の開発知識を何年も積む必要がありました。画面の作り方、ファイル操作の作法、配布の手続き。そのどれか1つでつまずけば、アプリは完成しません。だからこそ、ダウンロードフォルダが散らかっているという小さな不満は、これまでなら我慢するか、既製品を探すかの二択でした。

Claude Codeは、この構図を変えつつあります。作りたいものと困りごとを言葉で説明できれば、コードを書く部分はAIが担い、人間は試して直してを繰り返す役に回れます。進め方のイメージは、外注先とのやり取りに近いものです。ファイルを日付順に並べたい、と伝えて動くものを見せてもらい、いや更新日ではなく作成日で、プレビューはもっと大きく、と直しを重ねる。従来の外注と違うのは、この往復が数週間ではなく数分で返ってくることです。

もちろんWhimfilesの作者には開発の素養があったはずです。それでも、1人でここまでの完成度に到達し、しかも販売まで持っていけたのは、AIが実装の大部分を支えたからです。**開発スキルの壁が下がった今、差がつくのは技術力よりも、何に困っていて何が欲しいかを具体的に言える力です。**その点で、毎日現場の不便と向き合っている経営者やバックオフィス担当者は、実は有利な立場にいます。

困りごとが製品になるまでの流れ

非エンジニアにとっての意味: 探して妥協する以外の選択肢

私たちの多くは、業務の困りごとをこう解決してきました。まず検索して既製のツールを探す。機能が多すぎる高機能ソフトか、微妙に合わない無料ツールが見つかる。月額料金と学習コストを天秤にかけて、どこかで妥協する。この流れです。

Whimfilesの事例が示すのは、その手前にもう1つ選択肢が生まれたことです。つまり、自分の業務のクセに合わせた小さなツールを、自分で用意するという道です。市販ソフトは何万人もの平均的なユーザーに向けて作られています。あなたの会社の請求書の命名ルール、あなたの事務所の顧客フォルダの構造までは知りません。だから既製品はいつも8割合って2割ずれるのです。ファイル整理ソフトを入れたのに、結局自社の命名規則に合わせて手で直している。経費精算ソフトの科目分けが自社の勘定科目と噛み合わず、毎月修正している。このずれの2割こそ、自作ツールの出番です。

ここで大事な補足をします。全員がアプリを開発して販売しろ、という話ではありません。Whimfilesは販売まで行った例ですが、その手前の自分専用ツールで止めても、業務改善としては十分に成立します。むしろ非エンジニアにとっての現実的なゴールはそこです。**販売できる完成度は不要で、自分と自分のチームの30分を毎日削れるツールなら、作る価値があります。**画面すら不要な場合も多く、Claude Codeに毎回同じ指示を出すだけでも同じ効果が得られます。

既製ツール探しと自作ツールの違い

業種別シナリオ: ファイル整理の自動化を自分の仕事に置き換える

Whimfilesが解決したのはファイルの整理でした。同じ種類の困りごとは、どの業種にもあります。3つの現場を想定して、具体的に描いてみます。

製造業10人規模の経理担当の場合

毎月、取引先20社から請求書PDFがメールで届きます。ファイル名は会社によってバラバラで、seikyusho_final(2).pdfのような名前も珍しくありません。担当者はこれを1枚ずつ開き、取引先名と月を確認して、2026年6月受領分のようなフォルダに移し、経理ソフトの入力に備えて名前を付け直しています。この作業だけで月に2〜3時間です。Claude Codeなら、フォルダ内のPDFの中身を読み、請求元と請求月を判別して、2026-06_株式会社〇〇_請求書.pdfの形式にリネームし、月別フォルダへ振り分けるところまで一度の指示で頼めます。判別に迷ったファイルは保留フォルダに残すよう指示しておけば、人の確認は例外だけで済みます。決算期には過去1年分をまとめて整理し直すこともできるため、監査対応の資料集めも早くなります。

社労士事務所(所長とスタッフ3人)の場合

顧問先30社の入退社手続きや保険関係の書類が、メール添付やスキャンで日々たまっていきます。顧問先ごと、手続きごと、年度ごとにフォルダを分ける運用ルールはあるものの、忙しい時期は仮置きフォルダに山ができ、あとで探すのに時間を取られます。ここでも発想はWhimfilesと同じです。仮置きフォルダを対象に、ファイル名と中身から顧問先名と書類の種類を判定し、所定のフォルダ構造へ移動する整理ツールをClaude Codeに作ってもらいます。あわせて、どの書類をどこへ移したかの一覧表を毎回書き出させれば、監査や顧問先からの問い合わせにもすぐ答えられます。書類を扱う士業ほど、命名と保管の一貫性がそのまま信頼になります。

10人規模のマーケティング・制作会社の場合

クライアントのSNS運用やWeb制作で、撮影画像を大量に扱います。iPhoneで撮った素材はHEIC形式で届き、そのままではクライアントの環境で開けないことがあります。現状は、変換サイトに1枚ずつアップロードし、ダウンロードし直し、案件名でリネームし、納品用のzipにまとめるまでを手作業でやっており、1案件あたり40分ほどかかっています。この一連の流れは、フォルダを指定して、HEICをJPGに変換、幅1200pxに縮小、案件コード_連番.jpgにリネーム、zip化までを行うツールに置き換えられます。Whimfilesに画像変換や一括リネームが載っているのは、開発者自身がこの種の反復作業に苦しんだからで、制作の現場なら誰でも思い当たるはずです。

自分の業務でどれを選ぶか迷ったら、3つの条件で絞り込んでください。週1回以上発生している、手順を口頭で説明できる、失敗してもやり直せる。この3つがそろう作業が最初の題材に向いています。**共通するのは、判断はすでにルール化されているのに、手だけが自動化されていない作業を狙うことです。**振り分け先やファイル名の付け方を口頭で新人に説明できるなら、その説明はほぼそのままAIへの指示になります。

そのまま使える実践手順

Whimfilesのような完成品を目指す前に、今週の業務で試せる手順を示します。必要なのはClaude Codeが動く環境だけです。

手順1、困りごとを1つに絞ります。ファイル整理を全部などと欲張らず、ダウンロードフォルダのPDFだけ、くらいまで狭めてください。範囲が狭いほど、AIの出力は正確になります。

手順2、いまの手作業を言葉にします。何を見て、どう判断して、どこへ動かしているのか。新人に引き継ぐつもりで3〜5行書けば十分です。ここで手が止まるなら、その作業はまだ自分の中でルール化できていないということなので、別の題材に替えます。

手順3、Claude Codeに、まず移動せずに計画だけ出すよう頼みます。次のような指示です。

(コピーして使えるプロンプト:)

ダウンロードフォルダにあるPDFファイルを整理したいです。
ただし、まだファイルを移動・削除しないでください。

1. ファイル名と中身から「請求書」「契約書」「その他」に分類する
2. 請求書は「YYYY-MM_会社名_請求書.pdf」の名前に直す案を作る
3. どのファイルをどこに移す予定か、一覧表にして見せる

私が一覧を確認してOKを出したら、実際の移動を実行してください。
判断に迷うファイルは「保留」として理由を添えてください。

手順4、一覧を確認してから実行させます。**いきなり削除や移動をさせず、まず計画を見る、最初の数回はコピーで試す、この二段構えが安全に始める鉄則です。**うまく動いたら、その指示文を保存しておきます。毎月同じ指示を貼り付けるだけで、月次の整理が数分で終わるようになります。

手順5、チームに広げます。保存した指示文は、そのまま同僚への手順書になります。経理の月次整理がうまくいったら、総務の契約書ファイル、営業の見積書フォルダと横展開してください。慣れてきたら、この指示をスクリプト(自動実行できる小さなプログラム)にまとめてもらえば、Whimfilesの原型と同じものが手元にできあがります。

注意点とよくある誤解

この事例を紹介すると、決まって2つの誤解が生まれます。順に解いておきます。

誤解の1つ目は、AIが作ったのだから品質は二の次だろう、というものです。実際は逆で、Whimfilesの作者はファイル操作の安全性に最も時間をかけたと書いています。コピーは一時ファイルに書き込んでから原子的な置き換え(途中で失敗しても中途半端な状態にならない、一瞬での差し替え)で確定させる設計にし、移動・コピー・削除の全操作を自分の手で1つずつ検証したそうです。AIがコードを書く時代になっても、大事なファイルを扱う処理を信じてよいかは人間が確かめる。この姿勢はそのまま私たちの教訓になります。

誤解の2つ目は、知識ゼロでも明日から販売レベルのアプリが作れる、というものです。作れません。Whimfilesは自分用の道具として何か月も使い込まれ、磨かれた末の製品です。非エンジニアが目指すべきは、まず自分用、次にチーム用です。その段階でも効果は十分に出ます。

実務上の注意も2つ添えます。第一に、バックアップです。ファイルを動かすツールを試す前に、Time Machine(Macに標準搭載のバックアップ機能)などで復元手段を確保してください。最初の数回は、本物のフォルダではなく、数十ファイルをコピーしたテスト用フォルダで練習すると安心です。第二に、会社のデータを扱う場合の情報管理です。顧客名を含むファイルをAIに読ませることになるため、社内のルールや顧問先との契約を先に確認してください。AIがコードを書いてくれる時代でも、動作確認・バックアップ・情報管理の3つだけは人間が省けない仕事として残ります。

まとめ: 小さな不満はツールの種

Whimfilesの物語は、散らかったダウンロードフォルダへのため息から始まり、9MBの買い切りアプリの販売に行き着きました。この距離を1人で歩けるようになったことが、Claude Code以後の変化です。

私たちがここから持ち帰るべきは、アプリを売ろうという野心ではなく、毎日の小さな不満を我慢の対象からツールの種として見る習慣です。ルールが決まっているのに手作業で回している仕事を1つ選び、計画を見せてから実行させる二段構えで、まず自分用の道具を作ってみてください。月に数時間の単純作業が消えるだけでも、10人規模の会社なら年間で人月単位の余裕が生まれます。

自社のどの業務から手を付けるべきか迷う場合は、Claude Worksの無料30分相談をご利用ください。業種と日々の作業内容を伺いながら、最初に自動化すべき1つと、安全な始め方を一緒に整理します。無料30分相談を予約する