「うちには関係ない話」に見えて、実は全業種に効く

海外の技術者コミュニティで、Geosql(ジオエスキューエル)という小さなツールが話題になりました。これは Claude や Codex といったAIに、地図・位置情報のデータを扱わせるための「スキル」です。スキルとは、AIに特定の作業手順や道具の使い方をあらかじめ教え込んでおく仕組みのことで、これを入れておくとAIが位置情報の分析を自分でこなせるようになります。

名前だけ見ると、地図アプリを作る会社や物流の大企業の話に聞こえるかもしれません。ですが、少し立ち止まって考えてみてください。あなたの会社の顧客名簿には住所が入っていませんか。請求書には配送先が並んでいませんか。店舗があるなら、来店客がどのエリアから来ているか、なんとなく把握しているはずです。住所や地名が1列でも入っているデータを持っているなら、それはすでに立派な位置情報データであり、Geosqlのような道具が効く対象です。

位置情報は、これまで「分析したいけれど手が出せない」領域の代表格でした。地図の上にデータを乗せて眺めるには専用ソフトが必要で、操作も独特。結局、勘と経験で「この辺に出せば売れるだろう」と決めてきた会社がほとんどです。その壁が、AIによって一段低くなろうとしています。

実際、私が話を聞く中小企業の経営者の方で、位置情報分析に予算をつけている人はほとんどいません。理由は単純で、費用対効果が読めないからです。数十万円かけて商圏調査を外注しても、出てくるのは分厚い報告書1冊。次に条件を変えて見たくなったら、また発注し直しです。この「一度きりで終わる」構造が、位置情報を敬遠させてきました。AIとの会話なら、条件を変えて何度でも聞き直せます。変わったのは分析の精度ではなく、試行回数の上限です。

何が起きたのか — 地図データを「会話」で分析できるようになった

Geosqlがやっていることは、ざっくり言うと2つです。1つは、位置情報データをSQL(エスキューエル)で扱えるようにすること。SQLとは、表形式のデータに対して「この条件のものを抜き出して」「エリアごとに合計して」と命令するための、データ分析の共通言語です。もう1つは、その命令の書き方をAI側にまとめて教えておくことです。

これまでSQLは、担当者が文法を覚えて自分で書くものでした。位置情報が絡むと難易度はさらに上がります。「この店舗から半径2km以内に住む顧客だけを数える」といった処理は、緯度経度を使った専門的な計算が必要で、非エンジニアには手も足も出ませんでした。地球は球体なので、直線距離を出すだけでも三角関数が登場します。市区町村の境界線をまたぐかどうかの判定になると、多角形の内外判定という別の計算が必要になる。ここが独学の壁でした。

Geosqlを入れたAIは、この専門的な部分を肩代わりします。利用者は「A店から2km圏内の顧客が何人いるか教えて」と日本語で頼むだけ。AIが裏でSQLを組み立て、計算し、答えを返してくれます。専門用語を知らなくても、やりたいことを言葉で伝えれば、位置情報の分析結果が返ってくる。これが今回いちばん大きな変化です。

もともとGeosqlを公開したのは、地図上でデータを可視化するツールを手がけているチームです。地図の見せ方を知り尽くした人たちが、その入り口をAIに開いたという点に意味があります。技術者コミュニティで注目されたのは、単なる便利ツールというより、位置情報分析の「入り口の高さ」を下げる方向性が評価されたからです。同種の動きは会計データや在庫データの分野でも起きており、専門知識が必要だった領域が順番にAIの守備範囲に入ってきている、と捉えるのが正確です。

そもそも位置情報データとは何か、を整理する

ここで一度、言葉を揃えておきます。位置情報データとは、場所と結びついたデータのことです。いちばん身近なのは住所です。ほかに、緯度経度(地球上の位置を数字2つで表したもの。地図アプリのピンの正体です)、郵便番号、市区町村名、駅名なども位置情報になります。

多くの会社は、この位置情報を「ただの連絡先」として扱ってきました。顧客管理システムに住所を入れているのは、あくまで請求書を送るためであって、分析のためではない、というわけです。ですが同じデータでも、見方を変えれば宝の地図になります。1000人分の顧客住所は、「どのエリアに顧客が密集しているか」を教えてくれる分布図でもあるのです。

どこに眠っているかも、思い出してみる価値があります。会計ソフトの取引先マスタ、受注管理システムの配送先、名刺管理アプリの会社所在地、予約システムのお客様情報、アンケートの回答者属性。どれも住所か地名を持っています。10人規模のマーケ会社でも、5年分の名刺データを掘り返せば数百件の企業所在地が出てくるはずです。新しくデータを集める必要はなく、すでに手元にあるものを別の目で見るだけで足ります。

問題は、この宝の地図を読む道具が高価で難しかったこと。地理情報システム(GIS)と呼ばれる専門ソフトは、機能が豊富な反面、専任担当を置ける規模の会社でないと使いこなせませんでした。位置情報は多くの会社にとって「持っているのに読めない資産」であり、その読解をAIが手伝うようになった、というのが今回の話の本質です。10人規模のマーケ会社でも、社長ひとりの工務店でも、事情は同じです。

非エンジニアにとって、これは何を意味するのか

非エンジニアの立場から見て、うれしい点は3つあります。

1つ目は、意思決定のスピードです。「次の店をどこに出すか」「チラシをどの地域に配るか」といった判断は、これまで調査会社に頼むか、勘で決めるかの二択でした。前者は費用と時間がかかり、後者は当たり外れが大きい。AIに位置情報を分析させれば、その中間、つまり「手元のデータで、その日のうちに、それなりの根拠を出す」が可能になります。取締役会で「なんとなく駅前が良さそうです」と言うのと、「既存顧客の42%が半径3km圏内に住んでいます」と言うのでは、話の進み方がまるで違います。

2つ目は、担当者本人が触れることです。これまでデータ分析は、依頼して待つ仕事でした。営業担当が「訪問効率のいい順に顧客を並べたい」と思っても、システム部門に頼んで数日待つ。その間に商談は進んでしまいます。AIを使えば、思いついた本人がその場で試せます。試行錯誤の回数が桁違いに増えるのです。しかも、依頼と違って「聞き方が悪かったので出し直してほしい」と気兼ねする必要がありません。

3つ目は、失敗のコストが小さいことです。会話で分析を頼むだけなので、筋の悪い問いを立てても、時間とAIの利用料が少し無駄になるだけ。「この切り口は違ったな」とすぐに次を試せます。分析を専門家への依頼ではなく、自分の手元の作業に変えられることが、非エンジニアにとっての一番の恩恵です。

業種別の活用シナリオ — 具体的に3つ

抽象論だけでは実感がわかないので、具体的な場面を3つ挙げます。

まず、5店舗を展開する飲食チェーンの本部担当の方。手元には、各店の売上データと、予約時に集めた顧客の住所リストがあります。従来なら「なんとなく駅前が強い」で終わっていた分析を、Geosqlを入れたAIに「各店舗から半径1km圏内に住む既存顧客の数と、その平均来店回数を店舗別に出して」と頼みます。すると、立地は良いのに近隣顧客をつかめていない店が浮かび上がる。その店だけ近隣ポスティングを強化する、という具体策に落とせます。出店計画でも「既存店から3km以内は商圏がかぶるので候補から外す」といった判断に使えます。さらに一歩進めて「駅から徒歩5分圏内と、それ以外で、客単価に差があるか」を聞けば、ランチ営業を強化すべき店とディナー特化にすべき店の切り分けまで見えてきます。

次に、地域密着の不動産会社で物件情報を扱う方。管理している賃貸物件と、成約した顧客の勤務先や希望エリアのデータを持っているとします。「駅から徒歩10分以内かつ、過去1年で成約した顧客の勤務先が集中しているエリアにある空室物件」を抽出させれば、埋まりやすい物件から優先して広告費をかけられます。さらに、周辺の競合物件との位置関係を整理させて、「この物件は駅側に競合が3件あるが、逆方向には空白がある」といった営業トークの根拠づくりにも使えます。繁忙期の2月と3月に、限られた広告予算をどの物件に寄せるか。この判断が数字で裏付けられるだけで、成約率は変わります。土地勘を数字で裏付ける作業が一気に軽くなります。

3つ目は、個人事業で配達や訪問サービスを営む方、たとえば出張整体やハウスクリーニングの事業者です。1日の訪問先が5〜8件あると、回る順番次第で移動時間が大きく変わります。顧客の住所リストを渡して「今日の訪問先を、移動距離が短くなる順に並べて」と頼めば、ざっくりした巡回ルートの当たりが付きます。1日30分の移動短縮は、月に10時間、年に120時間の余裕です。加えて「これまでの顧客がどのエリアに多いか」を分析させれば、チラシを配るべき町名や、新規で狙うべき空白エリアが見えてきます。ひとり事業でも、移動という見えないコストを削れるのは大きな効果です。

このほか、経理担当の方が全国の取引先を都道府県別に集計して出張旅費の傾向を掴む、人事担当が従業員の通勤エリアを見て新オフィスの候補地を検討する、といった使い方もできます。総務担当が防災の観点から、社員の居住地が特定路線に偏っていないかを確認する、というのも位置情報分析です。位置情報が絡む業務は、探すと社内のあちこちに眠っています。

そのまま使える実践手順

では、実際に始めるにはどうするか。難しいセットアップの話は道具側の担当に任せるとして、非エンジニアが押さえるべき流れを説明します。

第一歩は、データの用意です。特別な形式は要りません。エクセルやスプレッドシートに、1行1件で、住所や地名の列があればそれで十分です。顧客名簿、取引先リスト、過去の受注データ、どれでも構いません。1つだけ気をつけるなら、住所は1列にまとまっているほうが扱いやすい。都道府県、市区町村、番地が別々の列に分かれているなら、事前につなげておくと余計な行き違いが減ります。個人情報を含む場合は後述の注意点を必ず読んでください。

第二歩は、AIに文脈を伝えることです。いきなり「分析して」ではなく、「これは当社の顧客リストで、A列が住所、B列が累計購入額です。B店(住所は○○)を中心に商圏を見たい」と、データの中身と目的を先に説明します。AIは背景を知るほど的確に動きます。「なぜそれを知りたいのか」まで伝えると、頼んでいない角度からの示唆が返ってくることもあります。

第三歩は、小さく頼んで確かめることです。最初から複雑な分析を頼まず、「A列の住所を市区町村別に件数集計して」といった簡単なものから始めます。結果が正しそうなら、少しずつ条件を足していく。「そのうち購入額が10万円以上の顧客だけに絞って」というように、会話を重ねて掘り下げます。最初の1問で全件数が手元の名簿の行数と一致するか、それだけでも確認しておくと、以降の結果を信じる根拠になります。

第四歩は、結果を鵜呑みにせず、見て確かめることです。AIが出した数字や地図を、自分の土地勘と照らし合わせる。「このエリアが多いのは実感と合う」「この結果は変だ」と感じ取ることが、精度を保つうえで欠かせません。完璧な分析を一発で狙うのではなく、簡単な問いから会話を重ねて精度を上げていくのが、非エンジニアが使いこなすコツです。

注意点とよくある誤解

便利な一方で、押さえておくべき注意点があります。

最大の注意点は、個人情報の扱いです。顧客の住所は個人情報そのものです。どのデータをAIに渡してよいかは、契約しているサービスの規約と自社のルールに従ってください。判断に迷うなら、氏名を消して住所と購入額だけにする、番地を市区町村までに丸める、といった加工をしてから渡すのが安全です。商圏の傾向を掴むだけなら、多くの場合は市区町村や町名までで十分な精度が出ます。この線引きは、便利さより優先すべき前提だと考えてください。

もう1つは、AIの出力を過信しないことです。AIは、もっともらしい答えを自信たっぷりに返すことがあります。住所の表記ゆれ(「1-2-3」と「一丁目二番三号」が別物として扱われるなど)や、同じ地名が全国に複数あることが原因で、集計がずれる場合があります。府中市は東京にも広島にもあり、太田町は全国に何か所もあります。だからこそ、前の章で触れた「自分の土地勘と照らす」作業が効いてきます。合計件数が元データと合っているかを毎回確認するだけでも、大きなずれは防げます。

よくある誤解として、「専門ツールがいらなくなる」という受け止め方があります。そうではありません。大規模で厳密な地理分析や、きれいな地図表現が要る場面では、従来の専門ソフトや専門家が依然として必要です。Geosqlのような道具が変えるのは、「専門家に頼むほどではないが、勘だけでは不安」という日常の中間的な判断の速さであって、専門領域を丸ごと置き換えるものではありません。役割分担で捉えるのが正しい理解です。当たりを付けるのはAI、腰を据えた本番調査は専門家、という順番が現実的です。

最後に、道具の導入そのものにはひと手間かかる点も正直にお伝えします。AIにスキルを設定する初期作業は、詳しい人の手を借りたほうが早いことが多いです。ただし、いったん設定さえ済めば、日々使うのは非エンジニアの担当者です。入り口だけ手伝ってもらい、あとは自分たちで回す、という進め方が現実的です。

まとめ — 眠っている住所リストを、明日の判断材料に

Geosqlは、地味に見えて、非エンジニアにとって象徴的な出来事です。これまで専門ソフトと専任担当がいなければ触れなかった位置情報の分析が、AIとの会話で手元に降りてきた。飲食チェーンの出店判断、不動産の広告配分、ひとり事業の訪問ルート、どれも「勘でなんとなく」で済ませてきた領域に、その日のうちに根拠を出せるようになります。

大切なのは、高度な分析を目指すことではありません。まず、自社に眠っている住所付きのデータを1つ思い浮かべ、それをAIに市区町村別に数えさせてみる。たったそれだけで、これまで見えていなかった顧客の地図が立ち上がります。そこから会話を重ねれば、次の一手のヒントが見えてくるはずです。位置情報という資産を「持っているのに読めない」状態から、「読んで判断に使う」状態へ。その第一歩は、思っているよりずっと軽いところにあります。


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