AIに任せた仕事が、あと一歩で止まる理由
Claudeに議事録の要約を頼む。見積書のたたき台を作らせる。請求書のPDFから金額を抜き出して一覧にさせる。どれも8割まではきれいにできます。ところが残りの2割で、毎回同じ場所が崩れます。消費税の端数処理が自社のやり方と違う。取引先ごとの例外が抜けている。社内で使わない言い回しが混ざっている。結局、人が手直しして出す。
このとき多くの人が考えるのは、指示の書き方が悪かったのではないか、もっと賢いモデルに切り替えれば直るのではないか、という2つです。私も長くそう思っていました。ところが先日、海外の開発チームが公開した検証結果は、その両方とは違う場所に原因があると示していました。
彼らが見つけたのは、成果物の完成度を決めていたのは指示文の巧さでもモデルの値段でもなく、AIに渡している参考資料の形だった、という事実です。しかもその差は、下位モデルが上位モデルに追いつくほど大きかった。ここは非エンジニアの日常業務にそのまま効く話なので、順を追って噛み砕きます。
AIが8割で止まるのは能力の問題ではなく、あなたの会社の正解例を見せていないからです。
海外の開発チームが公開した、文脈の置き場という発想
今回の元ネタは、APIMaticという開発会社がHacker Newsに投稿した Context Registry という仕組みです。Hacker Newsとは、海外の作り手が新しいプロダクトを持ち寄って批評し合う掲示板のこと。日本でいえば、厳しい同業者ばかりが集まる展示会に近い場所です。
彼らの本業はAPI連携です。APIとは、あるサービスの機能を外のプログラムから呼び出すための窓口のこと。たとえばSlackに通知を送る、地図サービスに住所を問い合わせる、会計ソフトに仕訳を登録する。こうしたつなぎ込みを大量に作っている会社です。
その会社が言うには、AIエージェントに書かせると基本の呼び出しは問題なく書けます。詰まるのはいつも、実際に本番で動かすために必要な細かい作法のほうでした。通信に失敗したときの再試行を、二重請求が起きない形で書けているか。相手のサービスから怒られない速度で送っているか(レート制限、つまり一定時間に送ってよい回数の上限のこと)。認証用の鍵の期限切れを扱えているか。
ここが重要なところです。これらは、動くかどうかでは見抜けません。テストでは動いてしまうからです。問題が出るのは、月末に処理が集中したとき、通信が一瞬切れたとき、鍵の期限が来たとき。つまり本番の、一番困る場面だけです。
AIの怖い失敗は、動かないことではなく、それらしく動いてしまうことです。
効かなかった3つのやり方と、効いた1つ
彼らは、AIに文脈を渡す既存のやり方をひととおり試したと書いています。1つ目は、公式マニュアルをまるごと流し込む方法。MCPという仕組み(AIに外部の資料や道具をつなぐための共通の差込口)を使って、ドキュメントをそのまま読ませる。2つ目は、AGENTS.mdやCLAUDE.mdのようなファイルに、注意事項を文章で書き下す方法。3つ目は、機械が読める仕様書を渡す方法です。
結果はどれも同じでした。基本の呼び出しは書けるが、本番に出せる水準には届かない。理由は考えてみれば当たり前で、マニュアルの丸投げは量が多すぎてAIが読める分量の上限を食い潰しますし、文章での注意書きは抽象的すぎて個別の判断に落ちません。仕様書は何ができるかは書いてありますが、どう書けば安全かは書いていないのです。
そこで彼らが作ったのが Context Plugin と呼ぶ形式でした。中身は単純で、言葉による説明と、実際に動く見本のコードを1セットにして、AIの作業環境に差し込んでおく。AIがそのサービスを扱おうとした瞬間に、その言語向けの見本が自動で目の前に出てくる状態を作る、という発想です。
そして数字です。開発元の検証では、一発で本番に出せる水準に達した割合が最大で34%上がり、軽くて安いSonnetが、素の状態の最上位モデルであるOpusに並ぶか上回ったと報告されています。SonnetとOpusはどちらもClaudeのモデルの名前で、Opusのほうが賢く、そのぶん高い。つまり資料を整えるだけで、上のモデルを買うのと同じところまで届いたという話です。
上位モデルへの切り替えは使うたびに費用がかかりますが、資料の整備は一度作れば効き続けます。
非エンジニアの仕事に置き換えると、何が言えるか
ここまでは開発の話に見えます。しかし私は、この構図は経理でも営業でも人事でも、そっくりそのまま成立すると考えています。なぜなら、私たちがAIに渡しているのは、たいてい指示だけだからです。
たとえば、ある会社の見積書には見積書なりの決まりがあります。値引きをどの行に書くか。諸経費をまとめてよいか、内訳を出すか。支払条件の既定はどれか。これらはマニュアルに書かれていないことがほとんどで、担当者の頭の中と、過去の完成品の中にしかありません。新しく入った社員に対して、私たちはこれを口頭では教えません。過去の見積書を3本見せて、これに合わせて、と言うはずです。
AIに対してだけ、私たちは口頭説明に相当することしかしていない。指示文をどれだけ丁寧に書いても、それは口頭説明の延長です。開発チームが見つけたのは、口頭説明を100点にするより、完成品を3本見せるほうが結果が良かった、ということでした。
もうひとつ大事な点があります。AIは前回の会話を覚えていません。昨日その担当者が手直しした内容は、今日の会話には引き継がれない。だから、直した内容は指示文ではなくファイルに残す必要があります。ここを理解すると、AI活用は指示の技術ではなく、資料の整備という地味な仕事だと分かってきます。
AIに足りないのは能力ではなく、あなたの会社の正解例と、そう決めた理由です。
業種別に見る、正解例の渡し方
抽象論では動けないので、3つの現場で具体的に考えます。
従業員45名の建設会社、経理担当1名の場合
毎月の請求書と工事台帳の突合に2日かかっているとします。AIに請求書のPDFから金額と工事番号を抜いて一覧にして、と頼むと、たしかに一覧は出てきます。ただ、この会社では現場ごとの立替経費を別勘定に振る決まりがあり、値引きは工事番号の枝番で管理しています。指示文にその2つを書き足しても、翌月には別の例外が出て崩れます。
渡すべきものは、去年の完成版の突合表を3か月分と、なぜその形なのかを1行ずつ書いたメモです。立替経費は別勘定、理由は原価に含めると粗利がずれるから。値引きは枝番、理由は元請けへの再請求時に対応させるため。この2つが具体物として手元にあると、AIの出力は初回から自社の形になります。目標に置くのは、突合そのものの自動化ではなく、確認だけで済む状態です。
10人規模のマーケティング会社、提案書を書くディレクターの場合
クライアント向けの企画書をAIに書かせると、耳ざわりはよいが誰にでも当てはまる一般論が出てきます。原因は、この会社が何で勝ってきたかをAIが知らないことです。渡すのは、受注した提案書を2本と、失注した提案書を1本。そして、受注案件は初回で予算感を先に置いたから通った、失注案件は施策数が多すぎて意思決定者が判断できなかった、という理由を添えます。
私の経験では、失注の1本が一番効きます。良い例だけを渡すと、AIは表面の書式だけを真似します。落ちた理由まで渡すと、避けるべき形が分かるので、提案の構成そのものが変わります。ここまでやって初めて、たたき台の段階で社内レビューに出せる質になります。
所長とスタッフ2名の社会保険労務士事務所の場合
法改正のたびに顧問先へ案内文を送る業務があります。AIに書かせると、就業規則の見直しが必要です、という一般的な案内までは書けます。ただ、顧問先が飲食業なのか運送業なのかで、触れるべき論点はまったく違います。さらに、助成金の受給可否を断定的に書いてはいけない、といった事務所としての表現ルールもあります。
この場合に渡すのは、過去に実際に送った案内文を3本、顧問先の業種と従業員規模の一覧、そして書いてはいけない表現の一覧です。3つ目が抜けると、AIは親切心で受給できますと書きます。表現のルールこそ、文章での注意書きではなく、駄目な文例と直した文例の対で渡すのが確実です。
3つの現場に共通しているのは、渡すべきものが手元にすでにある、という点です。新しく資料を作る必要はありません。去年の完成品と、差し戻された1本と、そのときの理由。これらは探せば必ずどこかにあります。手間がかかるのは集める作業ではなく、なぜその形なのかを言葉にする作業のほうで、逆にいえばそこさえ済めば、同じ業務については二度とやらなくて済みます。
AI活用で最初にやるべきは新しいツールの導入ではなく、すでにある完成品を集めて理由を書き添えることです。
自社の文脈フォルダを作る4ステップ
やることは大きく4つです。難しい設定は要りません。
1つ目は、直近の完成品を3本集めること。良い例2本と、惜しい例1本が理想です。2つ目は、それぞれになぜその形なのかを1行だけ添えること。長い説明は要りません。3つ目は、それらを1か所にまとめ、AIに毎回見せること。Claude Codeであれば作業フォルダの中に置けば自動的に参照されますし、ブラウザで使うClaude Coworkであれば、プロジェクト機能に資料として入れておけば会話をまたいで参照されます。4つ目が肝心で、出てきた成果物がずれていたら、指示文ではなく見本の側を直すことです。指示文を直すと、その場では直りますが、翌週にはまた同じずれが出ます。
まとめ役のファイルは、次のような1枚で十分です。テキストエディタにそのまま貼り付けて、中身だけ自社の内容に置き換えてください。
# 見積書のつくりかた(社内ルール)
## 判断の基準
- 端数は税抜合計で切り捨て、10円単位でそろえる
- 値引きは行を分けず、工事番号の枝番で管理する
- 支払条件の既定は月末締め翌月末払い
## 良い例
- 2026-07_A社_見積書.xlsx(値引きの書き方はこれに合わせる)
- 2026-08_B社_見積書.xlsx(分割請求の書き方はこれに合わせる)
## 惜しい例
- 2026-05_C社_見積書.xlsx(諸経費を一式でまとめたため差し戻しになった)
## 最終更新
2026-09-01 経理担当
判断の基準の部分を自分で書くのが面倒であれば、見本のほうを先に渡して、ルールを書き出させることもできます。角括弧の中だけ自社の内容に置き換えて使ってください。
あなたは私の会社の業務マニュアルを整備する担当者です。 添付した3つのファイルは、私の会社で実際に使った[例: 見積書]です。 うち2つは社内で承認されたもの、1つは差し戻されたものです。次の手順で作業してください。
- 3つを比較し、この会社が守っているルールを箇条書きで最大8つ書き出す
- それぞれのルールについて、なぜそうしていると推測できるかを1行で添える
- 差し戻された1つが、他の2つと違う点を3つ挙げる
- 判断に迷った箇所があれば、私に質問として3つまで返す
書き出したルールは、私が新しく入った社員に渡す前提で、 専門用語を使わず、1項目1文で書いてください。
この作業は、最初の1回に1時間ほどかかります。ただし、同じ業務が月に何度も発生するのであれば、その1時間はすぐに回収できます。逆にいうと、年に1回しか発生しない業務のために文脈フォルダを作る必要はありません。
整備する価値があるのは、繰り返し発生していて、毎回同じ場所で手直しが入る業務だけです。
注意点と、よくある誤解
まず数字の扱いです。34%という改善幅は開発元が自社で測ったものであり、第三者による検証ではありません。彼ら自身、評価方法についても意見が欲しいと書いています。ですから、この数字を根拠に社内で予算を通すのは筋が悪い。持ち帰るべきは数字ではなく、資料の形を変えると結果が変わるという発想のほうです。
次に、資料は多いほどよいという誤解です。AIが一度に読める分量には上限があります。10本の見本を渡すと、どれが基準なのか分からなくなり、かえって精度が落ちます。3本から5本に絞り、古いものは外す。この整理をしないと、フォルダが物置になって誰も使わなくなります。
3つ目は情報の扱いです。過去の完成品には、取引先名や金額、場合によっては個人情報が含まれます。AIに渡してよい情報の線引きは、フォルダを作る前に決めておいてください。社名をA社に置き換える、単価は桁だけ残す、といった簡単な加工で十分なことがほとんどです。
4つ目は、資料さえ整えれば安いモデルで足りるという読み違いです。今回の検証が示したのは、資料を整えると下位モデルが上位モデルのベースラインに追いつく場面がある、ということであって、あらゆる仕事でそうなるという話ではありません。判断が複雑な仕事は、資料を整えたうえで上位モデルを使うのが結局は早い。
見本は必ず古くなります。制度が変わり、書式が変わり、担当者が変わる。最終更新日を書いておき、四半期に一度だけ見直す時間を取ってください。
最後に、AIが使っているうちに覚えてくれる、という誤解です。今日の会話で直した内容は、明日の会話には引き継がれません。覚えさせる場所はファイルであって会話ではない。担当者が毎回同じ手直しをしているなら、それは手直しの内容がどこにも保存されていないという合図です。
AIに覚えさせる場所は会話ではなくファイルであり、そこを間違えると同じ手直しを永遠に繰り返します。
まとめ
海外の開発チームが出した結論は、AIの成果物が本番で使える水準に届かないのは、指示が下手だからでもモデルが安いからでもなく、渡している資料の形が悪いからだ、というものでした。彼らは説明文と動く見本を1セットにして渡すという形に変え、その結果、下位モデルが上位モデルに並ぶところまで来ています。
これは開発に限った話ではありません。見積書にも、顧問先への案内文にも、企画書にも、その会社なりの正解の形があります。それは文章で説明するより、完成品を3本見せるほうが早く伝わる。人に教えるときに私たちが当たり前にやっていることを、AIに対してだけやっていなかった、という話です。
やることは、直近の完成品を3本集め、なぜその形なのかを1行ずつ添え、同じ場所に置いて毎回参照させる。それだけです。今週、繰り返し発生している業務をひとつだけ選んで試してみてください。
指示文を磨く時間を、正解例を集める時間に振り替えるだけで、AIの出力は自社の形に変わります。
自社のどの業務から文脈フォルダを作るべきか、どこまで社外に出してよいかの線引きに迷ったら、Claude Worksの無料30分相談をご利用ください。業種と業務内容をうかがったうえで、最初に整備すべき1業務と、その具体的な進め方をその場でお伝えします。

