8割を削っても動くなら、その8割は何だったのか

Anthropicの開発者が、Claude Codeの内部で使っている指示文を、新しいモデル世代であるOpus 5とFable 5向けに8割以上削除したと明かしました。正式なリリースノートではなく開発者個人の投稿なので、数字の厳密さはそのまま受け取らないほうがいいのですが、方向性としては相当はっきりした話です。

Claude Code は Anthropic が作っているAIエージェントです。エージェントとは、指示を受けて自分で手順を考え、ファイルを読んだり書いたり調べたりしながら仕事を進めるAIのこと。作っている本人たちが、そのAIに渡していた指示文の大半を捨てた。しかも捨てたら悪くなるどころか、良くなったから捨てている。

ここで立ち止まって考えたいのは、削られた8割の中身です。あれは無駄な飾りではありませんでした。ひとつひとつは、過去のどこかで実際に起きた失敗への対処だったはずです。勝手にファイルを消してしまったから禁止事項を書き足す。回答が長すぎたから文字数の目安を書き足す。同じ質問を三回聞き返したから確認の作法を書き足す。そうやって積み上がった注意書きの山が、モデルが賢くなった瞬間に、まとめて不要になった。

つまり長い指示文とは、その時点でのAIの弱点を人間が言葉で埋めていた埋め合わせであり、AIが強くなればそのまま無駄になる性質のものだったということです。

これは技術の話に聞こえて、実は社内の運用の話です。あなたの会社にも、誰かが半年前に作り込んだ長いプロンプトが、コピペ用のメモやNotionのページに残っていませんか。それは資産のつもりで置かれているはずですが、いま同じ効果を出しているとは限りません。

システムプロンプトとは、AIに渡している見えない指示書

用語をひとつだけ整理します。システムプロンプトとは、あなたが入力欄に打つ文章とは別に、あらかじめAIに渡されている前提の指示文です。あなたが打つ依頼が「今日の仕事」なら、システムプロンプトは「入社時に渡される社内マニュアル」に当たります。

Claude Code の場合、そこには膨大なことが書かれていました。どういう順番で作業を進めるか。ファイルを触る前に何を確認するか。ユーザーに何を聞き、何を勝手に判断してよいか。長々と説明せず簡潔に答えること。危険な操作の前には確認を取ること。エラーが出たときの調べ方。数え上げればきりがありません。

そして重要なのは、この指示書はあなたの仕事にも存在するという点です。あなたがChatgptやClaudeに毎回コピペしている定型文、社内で共有されている業務別プロンプト集、便利だからと配られたテンプレート。呼び名が違うだけで、役割は同じです。AIに前提を渡し、振る舞いを縛るための文章です。

たとえば30人規模の会計事務所で、月次のチェック作業のために作られたプロンプトを見せてもらうと、たいてい二千字を超えています。中身は、確認項目の羅列、過去にAIが間違えたパターンへの注意、出力形式の細かい指定、そして「必ず」「絶対に」「決して」で始まる禁止事項が十数個。書いた人は真面目です。真面目に、目の前の失敗をひとつずつ潰した結果がそれです。

手元の長いプロンプトは、あなたが優秀だから長いのではなく、当時のAIが弱かったから長いのだと考えたほうが実態に近い。

だからこそ、モデルが世代交代したときに、その文章が同じ働きをするとは限りません。むしろ足かせになることがあります。

削ったほうが良くなる、という不思議な現象

指示を削ったのに性能が上がる。直感に反しますが、理由は три つほどはっきりしています。

ひとつ目は、指示が判断を上書きしてしまうこと。「必ず箇条書きで答えること」と書いてあれば、地の文で説明したほうが伝わる場面でも箇条書きにします。「まず全ファイルを確認せよ」と書いてあれば、一箇所見れば済む用件でも全部見ます。細かい命令は、賢いモデルの適切な判断より優先されてしまう。人に置き換えれば、経験十年のベテランに新人用の作業手順書を渡して、そこから外れるなと言っている状態です。

ふたつ目は、指示が互いに矛盾すること。長い文章を継ぎ足しで育てると、半年前に足した一文と先週足した一文がぶつかります。簡潔に答えろと書いた三行あとに、根拠を漏れなく列挙せよと書いてある。どちらを守っても違反になる指示は、出力を不安定にします。同じ依頼をしたのに日によって答えの質が違う原因は、モデルの気分ではなく、この矛盾であることが多い。

三つ目は、量そのものが薄めてしまうこと。AIが一度に読める文章量には上限があり、前提の指示が長ければ、肝心の依頼や資料に割ける余地が減ります。二千字の注意書きを毎回読ませているぶん、渡せる資料が二千字ぶん減っているという単純な話でもあります。

削って良くなるのは、削った内容が無意味だったからではなく、賢い判断を邪魔する量に達していたからです。

Anthropic は自社のエージェントで、この三つを一気に解消しました。同じことが、あなたの手元のコピペ用テンプレートでも起きているはずです。

非エンジニアの仕事に置き換えると、何が変わるのか

ここからが本題です。この変化は、AIへの向き合い方を二段階ずらします。

第一に、プロンプトの長さを競う時代が終わりつつあります。ここ数年、AI活用の情報発信は「この呪文を貼れば劇的に変わる」という形式が主流でした。長い、凝った、条件を盛り込んだ文章が価値あるものとして共有されてきた。その前提が崩れます。長さは品質の指標ではなくなり、むしろ古さの指標になっていきます。

第二に、渡すべき情報の中身が入れ替わります。やり方を指定する必要が減るぶん、AIが絶対に知り得ない情報の重要度が跳ね上がります。自社の承認フローが何段階か。使ってはいけない表現は何か。取引先ごとの締め日はいつか。去年のクレームの原因は何だったか。これはどれだけモデルが賢くなっても外からは分かりません。

言い方を変えると、依頼の仕方が新人への作業指示から、上司の依頼に近づきます。優秀な部下に仕事を頼むとき、手順は説明しません。代わりに、何のためにやるのか、誰が読むのか、避けたい失敗は何か、いつまでに、どの形で欲しいのかを伝えます。判断はまかせる。この頼み方ができる人は、AIからも同じだけ引き出せる。

そして、この変化は少し厳しい面も持っています。長い呪文が効かなくなると、ごまかしが利かなくなるからです。目的が自分でも曖昧な依頼、成果物の基準を言語化できていない依頼は、短く書くと本当に短くなり、返ってくるものも薄くなります。

指示書を短くできるのは、自分が何を欲しいのかをはっきり言える人だけであり、そこが今後の実力差になります。

業種別に見る、指示書のダイエット

抽象論では動けないので、実際にありそうな三つの現場で、何を削り何を残すのかを具体的に見ていきます。

従業員30人の会計事務所、月次の請求書チェック担当。いま使っているのは二千五百字のプロンプトで、確認項目が二十行、AIが過去に見落としたパターンへの注意が十行、出力形式の指定が十行入っています。ここから削れるのは、突合の手順を一手ずつ書いた部分と、「表形式で」「一行あたり全角40字以内で」といった見た目の指定です。これは今のモデルなら例をひとつ見せるだけで揃います。逆に残す、というより厚くすべきなのは、顧客ごとの締め日の違い、消費税の扱いで社内が過去に指摘を受けた論点、税務署に説明できる粒度の下限です。削って書き足した結果、文字数はほぼ変わらないのに、返ってくるチェック結果の指摘精度は上がる。中身の入れ替えが起きたということです。

10人規模のマーケティング会社、提案書のたたき台を作るディレクター。共有プロンプトには、提案書の章立てが十二項目、各章の書き方の注意、禁止する言い回しのリストが並んでいます。削るべきは章立ての細かい指定です。案件の性質によって最適な構成は変わるのに、固定の十二項目を強制した結果、どの提案書も同じ顔をしてしまう。ここは「クライアントの課題から入って、施策の根拠を数字で示す構成にしてほしい。章立ては案件に合わせて提案して」に置き換えます。残すのは、自社が受注できた案件と失注した案件の違い、価格の出し方、絶対に約束しないと決めている成果指標。判断材料を渡して構成はまかせるほうが、通る提案書に近づきます。

地方の工務店、社員15人の総務担当が回している議事録と現場日報の要約。現在のプロンプトは、要約の書き方を細かく規定しています。何字以内、決定事項と検討事項を分ける、発言者を明記する。この手の形式指定は、望む完成形を一件だけ見せれば置き換えられます。むしろ足すべきは、この会社の事情です。職人さんの呼び名と役割、天候による工程変更が起きたときに誰に共有が必要か、施主に出す資料と社内資料で書き分けが必要な情報。形式を守らせることに費やしていた千字を、この前提情報に振り替えるだけで、使えるものが出てくる確率が変わります。

三つの現場に共通しているのは、削るのはやり方、足すのは自社固有の事情という一点だけです。

そのまま使える、棚卸しの手順

半日あればできます。全部を一度にやらず、いちばん使っているプロンプト一本から始めてください。

第一段階は分類です。プロンプトをテキストエディタに貼り、一文ずつ三つに振り分けます。A、目的と読み手と成果物の形。B、自社や案件の固有情報。C、やり方の細部と禁止事項と形式指定。この作業自体に発見があります。多くの場合、Cが全体の六割以上を占めていて、Bが驚くほど少ない。

第二段階は削除です。Cをまるごと消します。怖ければ別ファイルに退避しておいてください。残ったAとBだけの短いプロンプトが、新しい版になります。

第三段階は比較です。ここを飛ばすと判断ができません。過去に実際に処理した入力を三件用意し、旧版と新版で同じものを処理させ、結果を左右に並べます。三件は少なく感じますが、明らかに悪化していれば三件で分かります。

第四段階は最小限の書き戻しです。新版で崩れた点があれば、そこだけを一文で書き足します。旧版の該当箇所をコピーして戻すのではなく、崩れた事実を見て新しく一文書くのがコツです。

第五段階は記録です。ファイル名か冒頭に、作成日と対象モデルを書いておきます。これがないと、半年後に誰も更新できません。

参考に、書き戻し後の形をひとつ載せます。会計事務所の例を短くしたものです。

(コピーして使えるプロンプト:) 月次の請求書チェックを手伝ってください。 目的: 顧問先に送る前に、社内で金額と税区分の誤りを潰すこと。読み手は担当税理士です。 自社の前提: 顧問先Aは月末締め、Bは20日締め。前期に交際費と会議費の区分で指摘を受けたため、この区分は根拠まで確認してください。 判断基準: 迷ったら見逃さず指摘してください。過検知より見逃しのほうが痛いです。 出力: 指摘のある行だけ、該当箇所と理由と確認すべき資料の3点で挙げてください。

やり方をひとつも書いていないのに、あるいは書いていないからこそ、使えるものが返ってくる。これが新しい書き方です。

注意点と、よくある誤解

三つ、はっきりさせておきます。

ひとつ目。プロンプトが要らなくなるという話ではありません。今回消えたのはやり方の指示で、目的、自社の前提、判断基準、成果物の形は残り、むしろ比重が増しました。「これからは雑に頼めばいい」と理解すると、精度が落ちて、AIは使えないという誤った結論に着地します。短くなるのと雑になるのは別のことです。

ふたつ目。削った結果が悪くなる場合もあります。特に、法令や社内規程で手順そのものが決まっている業務、たとえば労務の書類作成や与信の判断では、手順の指定は削ってはいけない要件です。判断をまかせてよい領域と、手順を守らせなければいけない領域を分けてください。この線引きは業種ごとに違うので、自分たちで決めるしかありません。だからこそ第三段階の比較が要ります。

三つ目。今回の話はAnthropicが自社のエージェント内部で行ったことであり、あなたの手元のプロンプトが自動的に短くて済むようになったという保証ではありません。使っているモデルが古ければ、細かい指示は依然として必要です。ただ、モデルは更新され続けるので、指示書の見直しは一度きりのイベントではなく、半年ごとの定期作業として持つべきものになります。

長いプロンプトを配って終わりにする社内展開は、半年で確実に劣化します。更新する人を決めるところまでが設計です。

削るか削らないかを他人の記事で決めず、自分の業務データ3件で決めてください。そこだけは代行できません。

まとめ

Claude Code の内部指示文が8割以上削られたという一報は、単なる技術的な最適化ではなく、AIとの仕事の分担が変わったという合図です。これまで人間が言葉で埋めていたAIの弱点が埋まり、その埋め合わせが不要になった。残ったのは、AIには絶対に分からない情報、つまり自社の事情と、あなたが何を欲しいのかという判断です。

やることは難しくありません。いま一番使っているプロンプトを開いて、やり方の指定を消し、自社の事情を書き足し、実データ三件で比べる。半日で終わります。そして半年後にもう一度やる。この習慣を持っている会社と、二年前の呪文を配り続けている会社の差は、これから急速に開きます。

長い指示書を捨てられるのは、自分の仕事の目的と判断基準を言葉にできている人だけであり、それは技術力ではなく仕事の解像度の話です。


自社のプロンプトを何から削り、何を残すべきか。実際の業務データを見ないと判断できない部分は、一緒に見るのが早いです。Claude Works では、非エンジニアの方向けに無料30分のオンライン相談を受けています。いま使っているプロンプトを1本お持ちいただければ、その場で棚卸しの当たりをつけてお返しします。