AIに任せるとき、私たちは選定まで任せている
請求書を作ったらお客様に自動でメールしたい。問い合わせフォームの内容をどこかに保存しておきたい。カードで支払えるようにしたい。こうした要望を、いまは道具の名前を知らないまま丸ごとAIに投げられるようになった。「請求書ができたら、お客様のメールアドレスに丁寧な文面で送ってほしい。いい方法を探して実装して」と書けば、AIが調べ、決め、動くところまで作る。
ここで見落とされがちなことが1つある。AIは作業を代行しているのではなく、その手前の判断まで代行している。メール送信を担う外部サービスひとつ取っても、SendGrid、Resend、Postmark、Mailgunと複数の会社があり、料金も無料枠の条件も届きやすさも違う。人間なら3社を並べて相見積もりを取り、稟議に回す場面だ。それをAIは5分で1社に絞り、そのまま組み込むところまで進める。AIに開発を任せるということは、どの会社と取引するかという発注判断を、実質的にAIに任せるということでもある。
これは技術者だけの話ではない。導入した外部サービスは毎月の固定費になり、顧客データの保管先になり、止まれば業務が止まる相手になる。従業員10人の会社であれ個人事業主であれ、選ぶ相手は同じくらい重い。にもかかわらず、その選定プロセスは今までブラックボックスだった。2026年9月3日に公開された調査は、そのブラックボックスを1万6893回分こじ開けて中身を見せてくれた。
1万6893回のセッションで何を測ったのか
調査を行ったのはArmatureという会社で、Claude Code、Codex、Cursorという3つのコーディングエージェント(指示を出すと自分でコードを書いて実装まで進めるAI)に、実在の開発現場を模した課題を与え続けた。用意したのは10言語75個のリポジトリ(プログラムの置き場所。会社でいえば1つのシステム一式)で、架空の社名と架空の変更履歴まで作り込んである。そこから特定の外部サービスを使っている部分だけを抜き取り、その部分を埋めてほしいと依頼する形にした。
依頼する人物像は4種類に分けられている。専門知識がなく症状だけを伝える人、やりたい状態とカテゴリ名までは言える若手、避けたい条件まで指定する熟練者、そして調達や法令順守の制約を並べる大企業の担当者だ。プロンプトは1163通り。さらに現実の会話に近づけるため、AIが提案を返したところで一番良いものでお願いしますと返す人間役を、もう1つのAIに演じさせている。この人間役を入れる前は、AIが外部サービスを使う許可を取れずに自前で作り込む方向へ偏ったという。
この調査の価値は、推薦させて終わりではなく、実際にコードを書かせて何が導入されたかまで見た点にある。 口では複数の候補を褒めておいて、手を動かす段になると別の1社を入れる、という現象が計測できるからだ。1万6893回のうち、判定に耐えると判断された5292セッション(51のリポジトリ、18分野)が第一弾として公開された。ひとつ断っておくと、調査元は開発向けサービスの成長支援を売っている会社で、AIに選ばれる方法を研究する立場にある。数字そのものは追試可能な形で全記録が公開されているが、この立ち位置は頭に置いて読んだほうがいい。
結果1: AIごとに答えが違い、一致率は42%
まず判明したのは、3つのAIが同じ質問に同じ答えを返さないということだ。同じカテゴリ、同じ条件で3つが同じサービスを選んだのは42%にとどまった。音声応答の分野では、Claude CodeはTwilioを、CodexはOpenAIの音声APIを、CursorはVapiを選んだ。3社とも実在する妥当な選択肢だが、選んだ相手はばらばらだ。
理由は調べ方の違いにある。Codexはほぼ毎回ウェブ検索をかけ(94%)、しかも10回中9回は検索対象のドメインを絞り込む書き方をして、公式サイトの中だけを読みにいく。Cursorは3分の2の場面でウェブを根拠にする。一方Claude Codeが検索するのは3割ほどで、多くは自分が学習時点で持っている知識で判断する。ただし検索するときはCodexの3倍のページ数を読み、知識が薄い新しい分野では8割の場面で検索していた。同じ依頼でも、使うAIを変えるだけで取引先が変わる。 これは「AIの精度」の話ではなく、「AIごとに情報源の癖が違う」という話だ。
もう1つ、Claude Codeは外部サービスを使わず自前で実装する割合が19%と、他の2つ(10%前後)のおよそ2倍だった。自前で作れば月額はかからないが、作った分は自社で保守することになる。どちらが良いかは会社の体力によるが、少なくとも「AIに任せたら勝手に外注が増える」わけでも「勝手に内製になる」わけでもなく、使うAIによって傾向が変わる、というのが実測結果である。
結果2: 有名でも選ばれない。決め手はページの書き方
もっと直感に反するのは、知名度と採用率がまったく比例していなかったことだ。決済分野でPayPalは139回も会話に登場したが、選ばれた回数はゼロだった。同じ139セッションのうち124回を勝ち取ったのはStripeである。Adyenは175回言及されて採用は3回。AI開発の枠組みとして最も多く言及されたLangChainは194回登場して採用は4回。デプロイ先としてNetlifyは152回言及されて6回。データベースで最も多く名前が挙がったSupabaseは242回言及されながら、実際に入ったのは主にNeonだった。
名前は出る。褒められもする。しかし手が動くときには別の会社が選ばれる。理由を追うと、公式サイトの書き方そのものが判断を分けていた。Mailgunは無料プランの説明にログの保持期間が1日と書かれていたために、Postmarkに繰り返し負けた。Supabaseはデータベースだけが欲しい場面で、認証・保管・リアルタイム通信まで束ねた料金体系を提示していたため、余計なものが多いと判断されて外された。AIは営業トークを聞かない代わりに、公式ページの細かい但し書きを人間よりはるかに真面目に読み、そこで減点する。
環境との相性も効いた。まったく同じ依頼を4つの言語のリポジトリで出したところ、メール配信の勝者は4社に割れた。TypeScriptではResendが89回中55回、PythonではSendGridが24回中22回、GoではPostmarkが24回中20回、JavaではAzureのサービスが23回中22回。デプロイ先も、TypeScriptではVercelが強く(Next.jsが使われていれば100%)、Pythonのリポジトリでは一度も推薦されずRenderが主役になった。分野全体で見ればStripeが10回中9回勝ち、負けたのはEUの規制が絡む場面でPaddleやMollieのような専業に譲ったときだけ。データベースはNeonが66%、ファイル保管はAmazon S3が45%と、寡占の分野と接戦の分野がはっきり分かれていた。
非エンジニアにとっての意味: 発注先を決めているのは誰か
ここからが本題だ。この調査は開発の話をしているようで、実際には購買と取引先選定の話をしている。あなたの会社がAIに何かを作らせるとき、月額課金の相手、顧客データの保管先、決済の経由地が、社内の誰も比較検討しないまま決まっている可能性がある。しかもその決定は、担当者の好みでも価格交渉の結果でもなく、使ったAIの癖と、既存システムの言語と、相手企業の料金ページの書き方で決まっている。
Vercelは2026年4月時点で、自社への配備の30%以上がコーディングエージェント起点であり、半年で10倍に増えたと公表している。これは供給側から見た数字だが、裏を返せば買う側でも同じ割合で人間の目を通らない発注が起きているということだ。
誤解のないように言えば、AIの選定が下手だという話ではない。今回の結果を見る限り、AIは料金の透明さ、導入の手間、既存環境との相性といった、実務家が重視する軸をきちんと見ている。問題は速度と不可視性のほうだ。人間の購買なら数週間かけて社内に共有される判断が、AIだと5分で終わり、記録も残らないまま既成事実になる。 気づくのは、翌月のカード明細に知らない会社の名前が並んだときか、その会社がサービスを終了すると発表したときになる。
業種別に見る、これから起きること
20人規模の食品卸の経理担当を想像してほしい。請求書の発行と送付を自動化したくて、AIに「毎月の請求書をPDFにして取引先にメールで送りたい」と依頼する。AIはメール配信サービスを1つ選び、APIキーを設定し、送信処理を書く。ここで起きるのは、取引先の会社名・担当者名・メールアドレス・請求金額が、経理部の誰も名前を知らない海外企業のサーバーを毎月通過するようになるということだ。届かなかったときの調査ログが何日残るのか、送信元ドメインの認証をどう設定したのか、料金は何通から上がるのか。これらは全部AIが数分で判断している。事故が起きてから調べると、無料プランではログが1日しか残らず原因が追えない、という結末になりうる。
10人規模のマーケティング会社なら、社内の案件管理を自作するケースが出てくる。AIに「案件と担当者と進捗を保存して一覧で見たい」と頼めば、データベースを選んで組み込んでくれる。今回の調査どおりならNeonのような選択肢が入る公算が高いが、社長が過去に記事で読んで知っているのはSupabaseかもしれない。ここで問題になるのは優劣ではなく、社内の誰もその会社を知らないまま顧客情報の保管先が決まることだ。半年後に人を増やして体制を組もうとしたとき、外部に相談しても「なぜこれを選んだのか」を説明できる人がいない。選定理由が残っていないことのコストは、選定そのものより高くつく。
税理士事務所や社労士事務所では、顧問先から預かるデータの取り扱いが直接の信用問題になる。AIに書類受け渡しの仕組みを作らせると、ファイルの保管先として海外のクラウドが選ばれることが多い。今回の調査でもファイル保管はAmazon S3が45%、Azureとグーグルのサービスが各20%だった。どれも実績のある選択肢だが、顧問先からデータの保管国を尋ねられたときに即答できるかは別問題だ。同じ調査で、EU規制が絡む場面ではAIが専業の会社に切り替えていた。裏を返せば、制約を伝えなければ切り替わらないということでもある。
地域の工務店やリフォーム会社でも同じことが起きる。問い合わせフォームから見積依頼を受け、自動返信を送る仕組みをAIに作らせると、返信メールの経路も、写真の保存先も、AIが決める。現場写真は容量が大きく、無料枠を超えた瞬間に課金が始まるか、送信が止まるかのどちらかになる。どちらであるかを事前に把握していないと、繁忙期にだけ問い合わせ対応が止まるという、原因の分かりにくい障害になる。業種が違っても起きることは同じで、月額と顧客データの置き場所が、社内の誰も比較していないまま決まる。
そのまま使える確認手順
対策は難しくない。AIに丸投げする前後に、5つの質問を挟むだけでいい。
実装を頼む前に、次の指示を1回挟む。これだけで、見えなかった判断が文章として残る。
(コピーして使えるプロンプト:)
この機能を作る前に、使う外部サービスの候補を3つ挙げてください。
それぞれについて、月額料金、無料枠の条件と制限、データの保管地域、
解約時のデータ持ち出し方法を、公式ページのURLとあわせて表にしてください。
そのうえで、あなたが1つ選ぶとしたらどれか、他の2つを選ばない理由も含めて説明してください。
私が承認するまで実装は始めないでください。
出てきた表は、そのまま社内の稟議資料になる。判断できない項目があっても構わない。重要なのは、どの会社と取引が始まろうとしているかが文字になって残ることだ。
もう1つ、先に条件を渡しておくと結果が変わる。今回の調査でも、費用や利用量への言及を加えたプロンプトを2割ほど混ぜて影響を測っている。顧客の個人情報を扱うので保管地域を確認したい、月の送信は300通程度、クレジットカードではなく請求書払いにしたい。こうした制約は、社長や担当者だけが知っている情報だ。AIは与えられていない制約を推測してくれないので、伝えなかった条件は最初から選定基準に入っていない。
実装が終わったら、使われたサービス名・月額・支払い方法・管理画面のログイン情報の管理者を、1枚のシートに書き足す習慣をつけたい。項目はこの4つで足りる。増えていく外部サービスを棚卸しできる会社と、明細を見て初めて気づく会社とでは、1年後の固定費の見え方がまるで違う。
注意点とよくある誤解
最初の誤解は、AIが選んだのだから中立で最適だろう、というものだ。今回の結果はむしろ逆を示している。同じ質問に対して3つのAIの答えが一致したのは42%であり、言語が違えば勝者も変わった。AIの推薦は、その分野の絶対的な正解ではなく、そのAIとその環境における条件つきの答えだと考えたほうがいい。セカンドオピニオンが欲しければ、別のAIに同じ質問をして違いが出るかを見るのが最も手軽な検証になる。
2つ目は、有名な会社を指定すれば安心という思い込みだ。PayPalが139回言及されて0回しか選ばれなかったのは、PayPalが悪いからではなく、AIに実装を頼む文脈での相性の問題である。逆に言えば、あなたの会社がすでに使っている取引先があるなら、それを最初に伝えるべきだ。伝えなければ、既存契約があっても新しい会社が並列で契約されてしまう。同じ役割のサービスを二重に契約している状態は、AIに任せる現場でいちばん起きやすい無駄だ。
3つ目は、この調査の限界に関するものだ。実験は架空のリポジトリと架空の依頼者で行われており、途中で人間が口を挟む現実の会話とは違う。判定も自動で行われ、1万6893回のうち第一弾として公開されたのは5292セッションにとどまる。さらに調査元は開発向けサービスの成長支援を事業にしている。だからこの数字は、どの会社が優れているかのランキングとしてではなく、AIに任せると選定がどう振る舞うかの傾向として読むのが正しい。受け取るべき結論は特定のサービス名ではなく、選定が人の目を通らずに終わる仕組みが動き始めているという構造のほうだ。
最後に、自社が選ばれる側の商売をしている場合の話も触れておく。今回の調査は、公式サイトの但し書き1行が採用と不採用を分けた事例を示した。これは開発向けサービスに限った話ではない。比較検討の入口が検索から生成AIに移りつつあるいま、料金ページに条件が明記されているか、余計な抱き合わせに見えない書き方になっているかは、そのまま受注率の問題になる。営業資料を磨く前に、公開情報の正確さと読みやすさを点検する価値がある。
まとめ
1万6893回の実測が示したのは、AIが仕事を速くするという当たり前の話ではなく、AIが取引先を決め始めているという話だった。使うAIによって選ばれる会社が変わり、既存システムの言語によって変わり、相手の公式ページの書き方によって覆る。そして名前が挙がることと選ばれることは、まったく別のことだった。
やるべきことは1つに絞れる。実装を頼む前に候補を3つ出させ、理由と料金と解約条件を文字で残す。それだけで、見えない発注が見える発注に変わる。AIに任せていいのは実装であって、誰と取引するかの決定ではない。 判断は速くていい。ただし、記録に残らない判断だけは避けたい。
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