採用会社を経営する人が投げかけた、素朴で本質的な問い

海外の技術者向け掲示板に、こんな相談が投稿されて注目を集めました。投稿者は人材紹介会社を経営している方です。自社をテック企業化して、いま人力でやっている紹介業務をソフトウェアとして提供したい。プロンプト(AIへの指示文)の書き方は少しわかるけれど、自分は開発者でもコードを書く人間でもない。Claudeの個人向け有料プランを契約したら、本当に動く製品が作れるのだろうか。ゼロからソフトを作る手順を解説した動画や記事はないか。そして最後にこう書き添えています。自分のような人間が、良いプロンプトを書くだけで実際に動くソフトウェア製品を作れるとは、正直まだ疑っている。

この最後の一文が、いまの日本の中小企業経営者や個人事業主の心境をそのまま代弁していると私は感じました。AIでソフトが作れるらしいという話は毎日のように耳に入る。実際にそれっぽい画面のスクリーンショットも流れてくる。でも、自分の会社の受注管理や候補者管理を任せられる代物なのかと言われると、まったく確信が持てない。しかも周囲に相談できる相手がいない。技術のわかる社員がいない会社ほど、この疑問は切実です。

この問いに対する私の答えは、作れる。ただし作れるものの範囲がはっきり決まっている、というものです。 そしてその範囲は、多くの非エンジニアが想像しているより広く、同時に多くの人が期待しているより手前で止まります。この境界線をどこに引くかを間違えると、3か月かけて何も残らないという最悪の結果になります。逆に境界線さえ正しく引ければ、10人規模の会社が2週間で自社専用の業務ツールを持つことは、いまや十分に現実的です。

作れるものは4段階ある。自分がどこを狙っているかを先に決める

議論が噛み合わなくなる原因は、ソフトを作るという言葉があまりに広いことにあります。私は非エンジニアの方と話すとき、必ず次の4段階に分けて現在地を確認します。

第1段階は、画面のない単発の自動化です。応募者一覧のスプレッドシートを整形する、面談メモを要約して定型フォーマットに落とす、求人票の下書きを作る。これは今日から誰でもできます。第2段階は、社内の数人だけが使う画面付きのツールです。候補者の進捗をカンバン形式で表示する、案件ごとの手数料を自動計算する。ここまでは非エンジニアが自力で到達できる領域だと私は考えています。

第3段階から性質が変わります。社外の人、つまり求職者や求人企業が直接触る画面を用意する段階です。ログイン機能が要る、個人情報が保存される、24時間落ちてはいけない。第4段階はさらに上で、月額課金と契約書とサポート体制を備えた商用サービス。冒頭の投稿者が最終的に目指しているのはこの第4段階ですが、ここは作る作業そのものより、運用・セキュリティ・法対応の比重が圧倒的に大きくなります。

Claudeが劇的に安くしたのは第1段階から第2段階までであって、第4段階のコスト構造はほとんど変えていません。 ここを混同したまま走り出すと、動くものはできたのにお客様に出せない、という宙ぶらりんの状態で止まります。

何が本当に変わったのか。ソフトを作る作業の内訳が入れ替わった

ソフトを作る仕事は、大きく分けて3つの作業でできています。何を作るかを決める作業、それをコードという言語に翻訳する作業、そして動き続けるように面倒を見る作業です。

これまで非エンジニアが締め出されていたのは、真ん中の翻訳作業でした。頭の中には候補者管理の理想の画面がはっきり見えているのに、それをJavaScriptやSQLに変換する手段がない。だから外注するしかなく、外注すると仕様の説明に時間がかかり、できあがったものは微妙にずれていて、直すたびに見積もりが出てくる。この構造が、中小企業のIT化が進まない最大の理由でした。

Claude Code、つまりコードを書いたり修正したりする作業を任せられるClaudeの実行環境が変えたのは、まさにこの翻訳部分です。候補者の一覧を表にして、選考ステータスで色分けして、面談日が近い順に並べてほしいと日本語で書けば、動くコードが出てくる。ここが劇的に安くなりました。

ただし、両端の作業は減っていません。何を作るかを決める作業は、むしろ相対的に重くなりました。翻訳が高速になったぶん、指示が曖昧だと曖昧なものが高速で大量に出てくるからです。面倒を見る作業も残ります。サービスが落ちたとき、データが消えたとき、料金が急に上がったときに責任を取るのは作った人です。

つまりAIが肩代わりしたのは中間工程であり、企画と運用という前後の2工程はむしろ人間に残された、というのがこの1年で起きた変化の正体です。 そして幸いなことに、企画は非エンジニアである経営者や現場担当者がもっとも得意な部分でもあります。

非エンジニアにとっての意味は、外注する前に自分で試せることにある

この変化がもたらす最大の実利は、いきなり本番の製品が作れることではありません。外注や採用を決断する前に、自分の手で試作品を作って確かめられることです。

人材紹介の会社で言えば、候補者管理システムを外注する前に、自分たちが本当に欲しかった画面は何だったのかを、動くもので確かめられます。実際に2週間使ってみると、当初は必須だと思っていた機能がまったく使われず、思いつきで足した1つの一覧画面ばかり開いている、といったことが普通に起きます。この気づきを外注の前に得られるかどうかで、発注金額は数百万円単位で変わります。

私が支援した10人規模のマーケティング会社では、受注管理システムの見積もりに約400万円が出ていました。その前に社長ご自身がClaudeで2週間試作したところ、必要な機能が当初要件の3分の1で足りることがわかり、最終的な発注は120万円程度に収まっています。試作は捨てましたが、捨てるために作る価値が十分にありました。

もうひとつの意味は、社内に説明する材料が手に入ることです。会議で口頭で説明しても伝わらなかった改善案が、実際に触れる画面になった瞬間に社内の理解が進む、という場面を私は何度も見ています。非エンジニアにとってClaudeの本当の価値は、完成品を作る道具というより、自分の頭の中を他人に見せられる形にする道具である、というのが私の実感です。

業種別に見る、いま現実的に作れるもの

抽象論ではイメージが湧かないので、3つの業種で具体的に書きます。いずれも第2段階、つまり社内の数人が使う業務ツールの範囲に収めた例です。

人材紹介会社(社員8名、年間紹介数120件)

冒頭の投稿者と同じ業態です。いきなり求職者向けのプラットフォームを作るのではなく、まずは社内の候補者管理から始めます。作るのは、候補者名・応募企業・選考ステータス・次のアクション期日を一覧で持ち、期日が近い順に並ぶ画面です。ここにClaudeの機能をひとつだけ足します。面談メモを貼り付けると、候補者の強みと懸念点、推薦文の下書きを自動で生成する機能です。推薦文は1件あたり30分から40分かかる作業で、月40件なら20時間以上が消えています。これを下書き5分プラス手直し10分に短縮できれば、月10時間以上が浮きます。求人企業側のダッシュボードを作るのは、この社内版が半年安定して回ってからで遅くありません。

税理士事務所(所長を含め5名、顧問先70社)

顧問先から届く月次資料の受領状況が、担当者ごとのExcelとメールに散らばっているのが典型的な悩みです。作るのは、顧問先ごとに今月の資料が届いたか、届いていないなら何日経過したかを一覧表示する画面です。さらに、督促メールの文面を顧問先の状況に応じて生成する機能を足します。3か月連続で遅れている先には少し強めに、初回の先には丁寧に、と文面のトーンを変える指示をあらかじめ書いておけば、担当者は内容を確認して送るだけになります。会計データそのものを扱わず、受領状況という薄い情報だけを扱うのが、この規模で安全に始めるコツです。

小売・EC事業者(店舗2つ、通販併営、パート含め15名)

商品ごとの在庫が実店舗と通販で分かれていて、日々の突き合わせに毎朝1時間かかっているケースです。作るのは、両方の在庫データを取り込んで差分だけを赤く表示する画面です。加えて、レビューや問い合わせメールを貼り付けると、内容を不良・配送遅延・使い方の質問などに自動で分類し、件数の推移を示す機能を足します。これは分析のためというより、どの商品説明を書き直すべきかの判断材料を得るためです。この3例に共通しているのは、いきなり基幹システムを置き換えず、毎日発生していて誰も好きではない1つの作業だけを切り出している点です。

最初の1本を完走するための実践手順

ここからは具体的な進め方です。私は非エンジニアの方に、次の6つの手順を守ってくださいとお伝えしています。

まず、作る対象を1つに絞ります。基準は明快で、自分自身が毎日または毎週やっていて、面倒だと感じている作業です。他人の困りごとから始めると、仕様が固まらず途中で止まります。次に、完成した状態を日本語で書き出します。画面に何が表示されていて、誰が何をクリックすると何が起きるのか。この文章がそのまま指示書になります。

3つ目に、環境を整えます。個人向けの有料プランを契約し、Claude Codeを使える状態にします。パソコンの基本操作ができれば設定は30分程度で終わります。4つ目に、最小構成を作ります。ログイン機能もデザインの調整も後回しにして、データが表示されることだけを目指します。5つ目に、実際の業務データを1週間分だけ入れて自分で使います。ここで必ず、想定していなかった不足が見つかります。6つ目に、その不足を1つずつ直します。一度に複数を頼まず、直すたびに動作を確認するのが結局いちばん速い進み方です。

最初の指示は、次のくらい素朴で構いません。丁寧な言葉づかいより、条件が漏れなく書いてあるかどうかが結果を決めます。

(コピーして使えるプロンプト:) 私は人材紹介会社を経営していますが、コードは書けません。候補者の一覧を表示する画面を作ってください。表示する項目は、候補者名、応募企業名、選考ステータス、次のアクション期日の4つです。期日が近い順に並べ、期日を過ぎているものは赤く表示してください。データはひとまずファイルに保存する形で構いません。手順は1つずつ、私が何をすればよいかを日本語で示しながら進めてください。

手順の中で最も重要なのは5つ目、実データで自分が使ってみる工程です。 ここを飛ばして機能を足し続けると、誰にも使われない多機能なものができあがります。

注意点と、よくある3つの誤解

ここまで前向きに書いてきましたが、率直な注意点も書いておきます。

1つ目の誤解は、プロンプトが上手ければ何でも作れるというものです。実際には、うまくいくかどうかを分けているのは指示文の巧みさより、作ろうとしているものが手に負える大きさかどうかです。3画面のツールなら非エンジニアでも完走できますが、30画面の基幹システムは、AIが手伝っても非エンジニア1人では管理しきれません。

2つ目の誤解は、一度作れば終わりというものです。ソフトウェアは放置すると壊れます。使っている部品が更新される、料金体系が変わる、仕様が変わる。社内ツールなら壊れても業務が少し止まるだけですが、顧客が使うものだとそうはいきません。第3段階以上に進むなら、直せる人を確保するか、月々の保守を誰かに頼む前提で考えるべきです。

3つ目、そして人材紹介の文脈で最も重い注意点が、個人情報です。職務経歴や年収や現職の情報は、極めて配慮を要する個人データです。日本で有料職業紹介事業を営むには厚生労働大臣の許可が必要で、求職者情報の管理には法令上の義務が伴います。試作段階では、実在の候補者データを使わず、必ず架空のデータで検証してください。実データを入れる段になったら、保存場所、アクセスできる人の範囲、退職時の権限削除まで文書で決めてから運用を始めます。

個人情報を扱うツールは、動いた時点ではまだ半分です。誰が見られるかを決めて初めて完成します。

コストの話も現実的にしておきます。個人向けの有料プランは月額数千円から2万円台の範囲で、社内ツールの試作であればこの範囲に収まることがほとんどです。一方、第3段階以降ではサーバー費用やデータベース費用、障害対応の人件費が別途かかります。作る費用より持ち続ける費用のほうが大きい、というのがソフトウェアの本質であり、ここを見積もらないまま販売を約束するのが最も危険な失敗です。

まとめ。まず社内の1本を作り切ることから

冒頭の問いに戻ります。非エンジニアがClaudeだけで、実際に動くソフトウェアを作れるのか。社内で自分たちが使う業務ツールなら、答えは明確にイエスです。数人規模の会社が、2週間から1か月で自社専用の管理画面を持つことは、いま普通に起きています。

一方で、外部に販売する商用サービスを1人で立ち上げて運営し続けるのは、まだ現実的ではありません。ただしこれは、諦めろという意味ではありません。順番の問題です。まず社内版を作って半年運用し、どの機能が本当に使われるかを実データで確かめる。そのうえで顧客に出す版を作るときに、技術のわかる人と組む。このとき手元には、動く試作品と半年分の運用知見があります。何も持たずに開発会社に相談に行くのと比べて、話の進み方はまったく違うものになります。

最後に、始め方を1行でまとめます。基幹システムの置き換えを考えるのはやめて、明日の朝いちばんに自分がやる面倒な作業を1つ選んでください。それが最初の1本です。非エンジニアにとっての正しい第一歩は、大きな構想を描くことではなく、小さくても自分が毎日使うものを1つ完成させることです。

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